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近松門左衛門 出生地

山口県豊田町大字江良の華山東麓の神上寺入口にある神上寺駐車場に近松門左衛門の出生地の碑がある。

江戸時代の初め、身重になった女中が世に憚って出産したいと、神上寺に救いを求めてきた。然し、神上寺は女人禁制で囲うこともできず、山門前の寺侍木川家に総てを頼んだ。木川家では家の前の川沿いの地に小屋掛けして住まわせ、月満ちて男子が誕生した。

その後、時を経て、西市などで浄瑠璃芝居があると、その作者は近松門左衛門で、神上寺山門前で生まれた男の子その人であるということで、この地を近松屋敷と言うようになった。以上が、神上寺前一帯から、豊田郷に広く伝わる伝説である。

(参考)下関の郷土史家 吉村藤舟の説
長府藩家老 椙杜元周の子息 広品(十三歳)と、その子守役の奥女中との間に生まれたのが、即ち、この小屋で生まれた男子である。この子を平馬と名付け、神上寺で養われていたが、母と別れて、赤間関永福寺から、唐津の近松寺で僧侶となり祖門と称じて上洛した。京都では還俗して越前藩の杉森家に寄宿して、椙森信盛と称したのが、後の近松門左衛門であるという。(現地の説明板による)

出生地の説は福井県説が定説と思われているが、確定していない。多くの説が有り、山口県でも萩市説、長門市深川大字江良説、そして豊田町大字江良説がある。

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1653-1725* 江戸時代前期-中期の浄瑠璃(じょうるり)・歌舞伎作者。
承応(じょうおう)2年生まれ。京都の宇治加賀掾(かがのじょう)のもとで修業。竹本義太夫(ぎだゆう)とくみ貞享(じょうきょう)2年「出世景清」で名声を博す。歌舞伎では坂田藤十郎と提携し,「傾城(けいせい)仏の原」などの狂言をかく。元禄(げんろく)16年竹本義太夫のためにかいた「曾根崎心中」で世話浄瑠璃を確立し,宝永2年大坂竹本座の座付作者となった。享保(きょうほう)9年11月22日死去。72歳。越前(えちぜん)(福井県)出身。姓は杉森。名は信盛。通称は平馬。別号に巣林子,平安堂など。代表作はほかに「国性爺合戦」「心中天網島」「女殺油地獄」など。



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by taminamikawa1 | 2017-11-18 15:55 | 旅・ドライブ | Comments(2)
Commented by matutaka31 at 2017-11-19 13:48
近松門左衛門の出生の秘密、興味深く拝見しました。
大昔の人ならいざ知らず、出生に諸説あるのは何故でしょうか。
不思議な気がします。
歴史探訪は、面白いですね。
Commented by taminamikawa1 at 2017-11-21 22:18
matutaka31 さん  こんばんわ。
何故、出生に諸説あるのか正直のところ、分かりません。
それどれの立場の人が元祖「出生」を主張しているからでしょうか?
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